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波佐見焼きの窯元ツアー

12月始めに、長崎県内の観光ボランティア研修会が波佐見町で行われました。
波佐見町は「はさみちょう」で、長崎県です。江戸時代は、大村藩でした。
江戸時代の西日本の生活雑器は、ほとんどが波佐見焼きです。

大阪湾に沈んでいる「くらんわんか椀」は波佐見焼きです。
当時は、使い捨ての発泡スチーロールはありません。
大阪湾に出入りする商い舟に、食べ物を入れて「くらわんか~」と売られていたものです。
食べた後は、大阪湾に打ち捨てられていました。
今でも、ぎょうさんその茶碗類が沈んでいるのでしょう。

古伊万里と言われている物も、江戸時代に伊万里港から出荷された物という意味です。
そのほとんどが、波佐見焼きです。
橋の欄干に波佐見焼きの陶板があしらわれていました。
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波佐見町の観光ボランティアの方が総出で案内してくださいました。
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「はま」と言って、陶器を載せて焼く物。
使い捨てで、昔の物が大量にあり塀に利用されていました。
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江戸時代までに使われていた登り窯の跡。
薪で焼かれていた時代のものです。
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世界第2の大きさの登り窯の跡地。
現在、再現される予定でむこうの方にレンガが組まれています。
ちなみに、世界第1の登り窯の跡地は反対側の山すそにあります。
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明治になって、石炭で焼くようになり煙突が建てられうようになりました。
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現在では、ガスで焼かれているそうです。
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上の写真の煙突の下は、このようになっています。
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焼く物も分業されていて、こちらは急須の口の部分を焼いていました。
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これは、ドイツから修行に来た女性の方の作品です。
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伝習館なるものがあり、ろくろや手びねりの体験ができるようです。
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自然の物を使った釉薬がリました。
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それで、お昼のごちそうです♪
具が挟んであるので、「はさみ寿司」だそうです。
大村寿司に似ていますね。なんせ大村藩でしたから。
真ん中のレンコンは、ひき肉をはさんで揚げてありました。
はさみ揚げだそうです~。
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by guu_osanpo | 2013-12-24 08:16 | 歴史
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