カテゴリ:教会( 7 )

上五島教会巡礼(3)

今日も上五島の教会です。雨で写真がはっきりしません(弁解です)
長崎の教会の多くを建てたのは、鉄川与作と言う人です。
彼は大工棟梁の家に生まれ、寺や神社などを建てていました。
当初は外国人宣教師の指導を受けていました。
その後、長崎県を中心に九州各地で数多くの教会を造りました。
彼自身は、仏教徒だったそうです。詳しくはこちらをご覧下さい。
大曽(おおそ)教会
この教会も彼が建てました。
大正4年に、木造からレンガ造りに建て替えられています。
2種類の赤レンガで模様が出来るように建ててあります。
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by guu_osanpo | 2008-04-13 21:28 | 教会

上五島教会巡礼(2)

今日は、やっと上五島教会群のご紹介です。
この日は大雨で、往生しました~。サクラにうつつを抜かす直前でしたね。

長崎の教会の最大の特徴は、教会建設を信徒の力で成し遂げたと言うことです。
それはこの時の外海町の教会も同じです。
250年の弾圧に耐え忍び、やっと明治6年に信仰の自由が黙認されるようになりました。
そこで、祈りの場を作ろうと外国人神父の指導の下、お金も労力も自分たちで供出したのです。
当時は、五島も外海町も痩せた土地で、信徒の方達は食べるのがやっとの状態でした。
その中から搾り出すようにお金を出し合い、女子供までもが建築作業に携わりました。
借金返済に孫の代までかかった教会もあるようです。
青砂ヶ浦(あおさがうら)教会
煉瓦造りの風格のある教会。ちょうど湾を見下ろすように建っていて、遠くからも良く見えます。
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by guu_osanpo | 2008-04-12 21:06 | 教会

上五島教会巡礼

長崎の大波止から船に乗って上五島まで行って来ました。
おかげで、今朝(30日)は5時起床!どたばたと、眠い目をこすって無事JRに間に合いました。
7時半大波止に集合し、8時発の高速船に乗り込みました。
実は、私は雨女なんですよ~。しっかり降っています~。
これは上五島の鯛の浦の港です。左の船が乗ってきた船です。1時間半かかりました。
ご存知の方もおられると思いますが、長崎の教会群を世界遺産登録へと活動が行われています。
そうなると教会への観光客が増加していきます。しかし、教会は信仰の場です。
観光マナーなども伝えていけるように、ガイド養成講座が始まりました。
大村には、世界遺産になる教会は存在しませんが、この研修はぜひ受けてみたいと応募しました。
希望者が多く人数が切られましたが、応募が早かったせいか無事受講できるようになりました。
今日は4回目の講座で上五島教会巡礼の日だったのです。それも、日帰り強行軍だったんです!
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by guu_osanpo | 2008-03-30 22:32 | 教会

中町教会

駅の近くにある中町教会です。街中にあるとてもきれいな教会です。
クリスマスの朝に撮影しました。前夜はクリスマスイヴのミサが行われたようです。
江戸時代、ここには大村藩蔵屋敷が建っていたんですよ。
鎖国の時代に長崎は天領でしたが、その前は大村の領土でした。
日本初のキリシタン大名である大村純忠が貿易目的のために長崎を開港しました。
その後、キリシタン禁止令などに伴って豊臣秀吉に取り上げられ、徳川の時代に幕府直轄の地 天領となったんです。
大村藩は一大名として幕府からの仕事をしながら、この場所に蔵屋敷を構えていたんですね。
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by guu_osanpo | 2007-12-27 10:44 | 教会

黒崎教会(世界遺産への旅その3)

季節はずれの台風で、関東近辺は雨模様のようですね。
こちらも、雨が降ったり黒い雲が広がっていたりと変な天気でした。

今日まで教会群の報告で~す。
赤レンガ造りの黒崎教会です。大正9年(1920年)に建立されました。
教会建築は日本人の大工が携わっていますが、ほとんどの作業を信徒の方々がおこなっています。
奉仕と犠牲の結晶を一つひとつ積み上げたレンガ造りの聖堂です。
外海(そとめ)はカトリック信者が潜伏していた地として有名ですが、未だに数多くの隠れキリシタンがおられるということです。
付属する鐘楼は、その隠れキリシタンの帰依を願って寄贈されたものだそうです。
このあたりは、遠藤周作の小説「沈黙」の舞台となったところでもあります。
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by guu_osanpo | 2007-10-27 23:20 | 教会

出津教会(世界遺産への旅その2)

朝夕が寒くなり、めっきり秋らしくなったと喜んでいましたが、今日の昼間は暑かったです。
職場に、暑がりさんがいてしばらくの間でしたが、クーラーのご厄介になりましたよ。
そして、今夜は15夜ですね。くっきりとした月が出ていました。
今日も教会群の続きです~。
出津と書いて、普段私たちは「しゅっつ」と言っています。しかし、昔からの読み方は「しず」が正しいと言う事です。
明治15年(1882)ド・ロ神父により聖堂が建設され、明治24年(1891)祭壇部を増築し、
更に明治42年(1909)に玄関郡を増築してあります。
昭和47年(1972)2月24日長崎県により、文化財として指定されました。
外海地方は、徳川幕府の禁教令が出された昔からキリシタンが多く、
地域内に未だに隠れキリシタンが多数存在するということです。
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by guu_osanpo | 2007-10-25 21:08 | 教会

大野教会(世界遺産への旅その1)

ブログ開始1周年への、お祝いの言葉ありがとうございました。
これからも、ぼちぼちと更新していきます。皆様のご都合の宜しい時にご訪問くださいね。

キンモクセイの匂いがあちこちからして来ました。
なんと、アパートの前の家にも咲いていたんですよ。

今日は、先週の土曜日に歴史案内ボランティ研修の一環で外海の教会群を見学してきましたので報告します。

「長崎の教会群とキリスト教関連遺跡」が世界遺産の暫定リストに入っています。
それは、長崎の観光事業の位置づけに朗報と言うよりも、世界宗教史上での重要な意味があるようです。
日本人にとって鎖国時代のキリシタン弾圧は歴史上の出来事でしかありませんが、
バチカンを中心とする宗教界では、弾圧を逃れて潜伏キリシタンとして継続していたのは奇跡に等しい事でした。
明治になっても弾圧は続き、世界世論に屈した形で明治6年にやっとキリスト教が容認されました。
明治政府にとっては、関税の値上げなど欧米に肩を並べる為の交換条件でもあったのです。
宗教の自由を認められても、それまで僻地に逃れていた人々にとっては苦難の道は続きます。
そんな中、明治12年にド・ロ神父が外海(そとめ)の人々の所へ赴任し、織物・製麺などの技術を伝えます。
そして、日本人の大工を指揮して教会建設に尽力していきます。

大野教会は、モザイクのような壁のきれいな教会です。
明治26年(1893)ド・ロ神父の設計施工により建立されました。
昭和47年(1972)2月4日長崎県の文化財として指定されました。
右側のマリア像はそのときに記念して建立されています。
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by guu_osanpo | 2007-10-23 22:00 | 教会